終戦から一週間ほど経ったある夜のことである。 当時、私たちの家族は東京・中野区の鷺宮という町に住んでいたが、そこには山手線の高田馬場から西武線が通じている。今日では西武新宿を始発とする西武・新宿線だが、この電車は鷺宮を経由して西に延び、埼玉県の所沢や川越に向かう。 そして、この話の舞台となる武... 続きをみる
話のネタとタネの話 (文責:浦松幹雄)の新着ブログ記事
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♦「ヒュル」「ヒュル」「ヒュル」 昭和19年(1944年)11月1日の東京への偵察飛行以来、サイパンのB29は日本本土へ日参するようになり、毎日、日本の空のどこかで飛んでいることになった。当然、日本人の生活は大きな変化を余儀なくされた。空襲が日常性の中に飛び込んできて、いつ爆撃 されて殺されても、... 続きをみる
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濃くなる敗色 東京上空に入って来たB29。 ♦昭和20年(1945年)3月10日。土曜日。東京大空襲のこの日は陸軍記念日であった。その昔、日本軍は満州の荒野でロシア軍と18日間に亘る激闘の末勝利し、明治38年(1905年)のこの日、奉天(今の中国、遼寧省の瀋陽)に入城した。陸軍記念日はその日を記念... 続きをみる
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②本人は「ヒデキ」と読んで怒っていた。 ●「英機を撃て」の「英機」――正解は「ヒデキ」である。 なぜ正解が判ったかというと、当のヒデキが烈火のごとく怒(いか)ったと聞いたからである。(閣下はカッカとなった。) 東条は配下の憲兵や特高警察に対して... 続きをみる
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①エイキと読むのか? ヒデキと読むのか? ●1942年、昭和17年、私は小学校の3年生だった。目白寄りの林泉園の森を背にした通りを歩いていた時、真っ黒な電柱に白墨で「英機を撃て」と書かれた落書きを目にした。 「あれはエイキと読むのか、ヒデキと読むのか?」 私の頭の中に大きな疑問が沸いた。... 続きをみる
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8月8日(土)明星学園中等部時代の私の友人である新山英輔(にいやま・えいすけ)氏から、彼のブログ・「えぬめえる」270号が送られて来た。 記事は目下、蔓延中の新型ウイルスの件であった。 新型コロナ・ウイルスの感染者数は4月中旬のピークのあと、しばらく下降していたが、7月に入って盛り返し、4月を... 続きをみる
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8月8日(土)明星学園中等部時代の私の友人である新山英輔(にいやま・えいすけ)氏から、彼のブログ・「えぬめえる」270号が送られて来た。 記事は目下、蔓延中の新型ウイルスの件であった。 新型コロナ・ウイルスの感染者数は4月中旬のピークのあと、しばらく下降していたが、7月に入って盛り返し、4月を... 続きをみる
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前回「スペイン風邪」について書いた中で、私が中学生時代、明星学園にて須藤亀蔵(すどうかめぞう)先生に代数を教わっていた時、先生が突然ウイルスの話をされたことを書いた。 方程式の解き方の説明の時に、なぜウイルスが飛び出して来たのか、その前後のことは、私にはまったく判らない。先生の授業は、その時、... 続きをみる
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昭和8年生まれの「僕たち」が入学した頃のセウガッコウの教室の模様。謹厳実直な先生。子供たちは着物、洋服とりどりですが、これは全国平均的な学校の絵。都市では洋服 に下駄履きでした。黒板横の掛図は日本地図。朝鮮半島が真っ赤に塗られています。
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ところで、神功皇后を邪馬台国の卑弥呼であると最初に比定した人は、「日本書紀」を編纂した舎人親王(とねりしんのう)であった。 言うまでもなく、3世紀末に中国で書かれた「魏志倭人伝」に登場する「邪馬台国の女王」のことである。 「魏志倭人伝」は卑弥呼について次のように述べている。 「其の国、本(... 続きをみる
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前々回の最後で――(第2回目・「「くにのあゆみ」と紀元節。そしてキリシタンご法度。」)――「神話で始まった日本の歴史から神々は姿を消したが、1年ぶりに「くにのあゆみ」の発行とともに、神武天皇のみは名を変えたが健在であった。もちろん、明治5年太政官布告の神武天皇であった」と書いたが、本稿はこの文章を... 続きをみる
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先回の終わりの部分に書いたが、敗戦を迎えた文部省の連合軍への対応は、敗戦直後であったにもかかわらず、それこそ先手必勝の快進撃であった。連合軍の日本占領の目的の一つは日本での①軍国主義の一掃と②民主主義体制の確立=基本的人権の尊重、言論、宗教、思想の自由に対する一切の障害を除去することであった。 ... 続きをみる
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戦争が終った時、私は小学校(国民学校)の6年生だった。ほどなくして、マッカーサーが厚木飛行場に降り立ち、ラジオからは米軍放送、WVTRが流れ出した。聞こえる言葉はすべて英語である。意味はさっぱり分からなかったが、声の調子は軽快でありリズミカルであった。初めて聞く英語と、その声の調子から、私は昨... 続きをみる
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私は今千葉県のいすみ市に住んでいるが、そのいすみ市の南西に隣接して御宿町があり、市と町の境界の御宿町側の上布施という地区に、八幡神社が建っている。 その八幡神社には、本殿の他に絵馬を展示した社殿があって、たくさんの絵馬が飾ってある。かれこれ30年前のことになるが、私はその八幡神社の前を通りかかり... 続きをみる
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